2022/08/28

INTERVIEW

内藤裕子さんインタビュー|カレーが教えてくれたこと

カレー道を走りながらアナウンサーとして活躍する、内藤裕子さんに独占インタビュー。

――「内藤裕子のカレー一直線!!」というタイトルが印象的ですね。
「フリーになって一番最初に、生島ヒロシさんと一緒にTBSのラジオ番組で、「カレー探究家・内藤裕子のカレー一直線」というコーナーを1年間担当させてもらったんです。カレーのことを10分弱、とことん喋りたおすという企画を1年間やらせてもらいました。それが原点だったということと、そして一直線にひたむきに……という想いもあってこのタイトルに決めました。」

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――カレーの世界にのめり込んだきっかけは何だったのでしょう。
「父や母が作るカレーが美味しくて好きだったというのがベースにあります。母は旬の野菜を子供に食べさせたいという想いがあるので、家にある野菜や調味料を使ったカレーを作ってくれていて。対照的に父はガツンとスパイスがきいたカレーを休みの日に作ってくれていたんですよ。クミン、コリアンダー、シナモンなどと、隠し味に蜂蜜やコーヒーを入れて、『俺のカレーだ!食べろー!!』って。食べると体が温まって、ポカポカして。なんだかハッピーになるんですよね。両親のカレーがベースにあったんだと思います。
それで『あさイチ(NHK)』」のリポーターをやっている時に、カレーで人間関係の距離感が縮まる経験を何度もして。カレーってコミュニケーションツールだなって、おもしろさを感じました。」



――距離感が縮まる経験について、教えていただけますか?
「リポーターだったので、毎回全国各地を新しいスタッフと飛び回っていたんです。ロケバスでは『はじめまして』から始まり、なんとなくぎこちない距離感なんですよね。でもカレーの話になるとグッと縮まるんです。『豚肉入れますか?牛肉入れますか?』『ルーはどこのですか?』『好きなカレー屋さんは?』って。
照明さんが自分のこだわりのインドチキンカレーを作って振舞ってくれたり、ロケの途中に皆でカレーを食べたり……。カレーって、包み込む包容力があるなって思って、とにかくおもしろいと思いました。
カレーには誰しも思い出があるんですよね。それを思い出しながらカレーを食べるんだと思うんですよ。そこが深いなと思いますね。」

カレーの魅力を感じてはいたものの、カレーで生きていこうなどとは全く考えていなかったという内藤さん。
――NHKを辞めたのは2017年、内藤さんが40歳のときだそうですが、勇気がいったのでは?
「はい、清水の舞台から飛び降りる覚悟でした。自分でもよく飛べたなって。NHKはとても居心地がよくて、ずっと定年まで働いているつもりだったんですよ。でも二つ要因があって。
一つは2010年に母が亡くなった喪失感。もう一つが2013年の交通事故に巻き込まれたことでした。交差点で信号待ちをしていた内藤さんの前で、直進してきたバイクが右折車と衝突。私も事故の巻き添えになりました。足を打撲しましたが、『ポールがなければ、バイクが直接当たって全身大やけどか即死だった』と実況見分で言われました。本当に九死に一生を得たんですよね。
そういう経験をして、いつ自分の人生に幕が降ろされるかわからないと思ったんです。人生80年だとしたら、40歳は折り返しだなと。NHKにいたら居心地がいいけれど、10年後にどういうキャリアで仕事をしているんだろうと考えた時に、自分の人生をうまく描けなくて。30代に経験した二つのことが、ターニングポイントになりました。自分の人生を考え直して、40歳で思い切って辞めたんですよね。」

――休職などではなく、潔く辞めるという選択だったんですね。
「そうですね。すごく色々考えて、局にも引き止めていただいて。でも私の性格的に中途半端は嫌だったので。それまで特急で走ってきたので、いったん鈍行列車というのか、違う列車に乗り換えて、違う景色を見てみるのもいいかなって。もしかしたら事故で死んでいたかもしれないと思ったら、おまけの人生だなっていう思いもありました。それならこれから先、家族を大事にしながら挑戦をして、一度っきりの人生を思いっきり悔いなく生きようと思うようになりました。」

――辞めてから「これをしよう!」というプランはあったのですか?
「全然なかったんですよ。だからまわりからは無謀だと言われましたね。現実主義者の夫からも反対されました。しばらく口を聞いてくれなかったです。だから罪滅ぼし的に、辞めてから3ヶ月間は真面目に主婦業をやっていました(笑)。その後たまたま知人が、カレー好きの私に『カレー大学院というのが始まるのだよ、行ってみたら?』と電話で誘ってくれて。カレーの世界の扉が開いたんですよね。」

――カレー大学院とはどんなところなのでしょうか。
「カレーがどのように国民食になったかという歴史や、スパイスの効能や歴史、秘話なんかも学びます。もちろんカレーの調理も。例えば家で各メーカーのルウでカレーを作り、それぞれの特徴をレポートに書くとか。そんな課題が出ると朝昼晩3食カレーですよね(笑)。
軽い気持ちで行ったら、ガチで勉強だったんですよ!自分の人生の中でこんなにカレーのことを考えたことはないっていうくらい、カレー漬けでした。家族も大変だったと思いますね。」

――仕事など、何か目的があったのではなく、好きだから入ってみたのですね!
「そうそう。全く違う筋肉を使いたかったのかもしれないですね。カレーを食べることは好きだったので、もっと学んでみたら面白いんじゃないかって。これから生きていく上での新たな発見になるんじゃないかっていう、そんな動機でしたね。
学んでいくうちに、カレーには人間ドラマがあって、より惹かれていきました。例えばカレー粉ひとつとっても、何十種類ものスパイスをブレンドしてできていて、そこに心血を注いだ人の人生が詰まっているから美味しいんだなということを気付かされました。半年間、カレー大学院で勉強し、カレーの背後にある人間ドラマやバックグラウンドに惹かれて、よりカレーを好きになったんですよね。朝ドラになりそうだと思って!」

――素晴らしい経験をされたんですね。
「そうですね。NHKで “取材をする”ということを仕事にしてきたので、カレー大学院でいろんなカレーに関係する方にお会いして、その方の想いに触れて、やっぱり私は人が好きなんだなということにもう一度気付かされました。カレーが教えてくれましたね。」

――次の人生はどのように見えてきたのでしょうか。
「NHK時代にお世話になった方に、美術館の現場で流れているナレーションの収録をやってみないかと声をかけてもらったんです。久しぶりにスタジオで収録をしたとき、涙が出るくらい感動したんですよ。みんなと一緒にチームで仕事をしていく、音響がついて、命を吹き込むようにナレーション入れをして、そこに美しい映像があって……チームワークで10分の番組を作っていくという共同作業の最終表現者の仕事をさせていただくというのが、本当に久しぶりで。細胞が蘇るというか、もう一度この仕事がしたいっていう気持ちが、マグマのようにグワーーって溢れてきたんです。この先こんな大切なことを二度と手放しちゃいけないんだと思いました。」

――またアナウンサーの仕事に?
「もう一度声の仕事をやりたいと思うようになって、プロデューサーの方に相談したんです。そうしたら事務所に入った方が良いということで、生島ヒロシさんの事務所を紹介していただきました。カレー大学院で卒業試験に合格して3月に卒業してから、4月には『生島ヒロシのサタデー一直線』というラジオ番組のカレーコーナーで仕事を始めていましたね。」

――卒業後すぐだったんですね!
「すぐでした(笑)!NHKのときって、すごく丁寧に打ち合わせをしてから番組にのぞんでいたので、初めて生島ヒロシさんとご一緒したときに、スタジオに着いたらすぐに本番が始まることにびっくりしました。『打ち合わせはないんですか?』って言ったら、『ないよ〜ここはNHKじゃないんだから~』って言われたのを覚えています(笑)。
10分のコーナーで全部フリートーク。どう自分の言葉で楽しく伝えるかって……洗礼ですよね。温室の中からいきなりジャングルに(笑)!」



――口を聞いてくれなかった旦那さまも納得されたのでは?
「カレー大学院で本気で勉強したことで少しずつ変わりましたが、大きく変わったきっかけは『家事ヤロウ!!!(テレビ朝日)』に出させてもらったときです。コロナ禍で、7台のカメラを全て自分でセッティングする必要があったんですよ。途方にくれたんですが、夫は家事ヤロウ!!!の大ファンで、1回目から見ていたのですごく喜んでくれて。嬉々として一緒にセッティングしてくれました。
人生、シナリオどおりにいかないからおもしろいですよね。今は命があればなんとかなる!生きていればなんとかなる!そう思っています。」

カレーが教えてくれた温かい想いによって、次の人生にも導かれた内藤さん。
見事に声の仕事とカレーの仕事がからみ合い、「これからは右手にスプーン、左手にマイク!両輪でやっていきたいですね」と力強く話してくれました。


甘酒カレー

――最後に、今はまっているカレーはありますか?
「色々ありますが、一つは発酵調味料を使ったカレーの魅力を改めて感じています。例えば隠し味に塩麹や味噌、甘酒を。チキンを甘酒とカレー粉をまぶして漬け込み、フライパンでジュッと焼いたら、奥深い味わいになったり。発酵調味料とカレーをからめると、よりスパイスアップして、内側から元気になるので、もっと探究したいなと思いますね。
もう一つはビープルさんで販売している『MIGHTY SPICE』のバターチキンカレー!チキンを小さく切って、水をいれてスパイスを溶かすだけ。すごくよく考えられていて、本当に感動しました。酸味がきいているので、夏にもオススメですよね。」

Text by 関 早保子